社員旅行でゴア!(最終日)

2011年7月24日日曜日

いよいよゴア最後の日。波打ち際で水遊びしたり、

おみやげものを探したりと、夕方4時半の集合時間までは

あっという間でした。

社員旅行は家族も参加できるので社員の子供さんも来ていたのですが、

いつもはしゃいでたのに帰るその時ばかりは大泣き。どうしたのか聞くと、

「帰りたくないー」。

皆ほほえましく見ながらも大人もやはり、バカンスが終わり現実に

戻っていくあの感じを感じていたと思います。

そして行きよりは少し長い時間寝台電車に揺られ、ムンバイに

帰ってきました。

ダヒサールの我が家に帰ってきたときはやはりほっとしましたが、

ゴアの海、街並み、インドなのにインドじゃない、でもやっぱりインド

という不思議なところにすっかり魅了されてしまいました。

いつかまた訪れたいと思います。


ムンバイテロ再び

2011年7月22日金曜日

7月13日、ムンバイの街が再びテロに襲われました。

ほぼ同時刻に3か所で爆発がおき、死者は21人にも上りました。

3か所のうち1か所は比較的近くにあり(20キロほど)、また

訪れたこともある知っているところだったので、ショックを受けました。

インドに来てからテロが起こったのは初めてで、

多少緊張したのですが、この辺りは意外に皆変わりない日常を過ごしていました。

しかしモールなどにいくと、今までよりさらに厳重なボティチェックと

荷物検査があり入るのに長蛇の列。でもこれくらいしてくれるほうがこちらとしても

安心なので、文句は言えません。ただ、喉元過ぎれば…にならないといいけど。

いろいろネットでの事故のことを見ていたら、「邦人が巻き込まれた情報はありません」

という言葉がありました。この言葉を事故側から聞いたのは初めてなので、

代わりにこちらの無事を日本に伝えられた感じがしてなんだか安心した気分に

なりました。

(あまり関係ありませんが、インドのマスコミは日本では絶対掲載しない被害者の写真

とかをばんばん載せるので、何気なく見ているとびっくりすることがあります。)

テロにどのような主張があろうと、このようなことは早くなくなってほしいです。

社員旅行でゴア!(3日目)

2011年7月12日火曜日

この日はバスに乗り込み、ゴア観光。大きな教会(日本人にも有名なフランシスコ・

ザビエルゆかりの教会。昔はザビエルのミイラも安置されていたそう。でも熱心な

信者がミイラの手をかみちぎってしまい撤去されたとか。こわすぎ。)や港町を

回っていくのですが、行く先を知らされていないので、

ちょっとしたミステリーツアーみたいに。

最後はクルージング!客船に乗り込み、ちょうど夕焼けどき、優雅に船上ならではの

風景を満喫…と思いきや、さすがインド人、踊る踊る。踊りまくる。

インド人ぎゅうぎゅうづめ!

流れている音楽もクラシックなどではなく大音響のダンス音楽。

もちろんアクティシステムの社員も負けじと踊っていました。

次の日は出発までフリータイムなので、ゴアでのイベントもこれが最後。

ここで過ごせるのもあとわずかになってきました。


インド人ぎゅうぎゅうづめの状況


社員旅行でゴア!(2日目)

2011年7月5日火曜日

ひとしきり買い物を済ませ帰ってくると、次のイベントは夕方から始まるレクリエーション。

私たちのグループはコメディタッチの劇を発表したのですが、私の役はヒンディー語で

長いセリフがあるので忘れないように家にいるときから練習をしていました。

最終的なリハーサルを終え、レクリエーションは予定を大幅に押した夜8時頃始まり

ました。私たちのグループの出番が回ってきたとき、少し緊張はしましたが、日本人が

ヒンディー語をしゃべると面白いみたいでけっこうウケました。

私たちの順番は最初のほうだったので、終わったあとはやれやれと、すっかり

リラックスして他のグループの出し物を楽しむことができました。

最後に審査結果の発表があったのですが、私たちのグループは2位!

大変満足する結果でした。

関係ないのですが、この日は偶然妻の誕生日で、舞台の上から司会の人がおめでとう

と言ってくれて、それもサプライズでとても喜んでいました。


結果発表の様子

社員旅行でゴア!(1日目)

2011年6月28日火曜日

ゴアネタ出します!

2月に社員旅行でゴアに行ってきました。

「ゴア」。インド西海岸に位置する州。リゾート地として、国内外ともに有名な場所。

ポルトガル植民地時代の建物と文化を色濃く残し、景観も素晴らしい。

などテンションの上がる知識を携え、集合場所のCST駅へ。そこから寝台電車で

揺られること約9時間、朝7時頃。南ゴア、マドガオン駅到着しました。目的のホ

テルまで車で約30分、見えてきたのは青色が涼しげな正真正銘のリゾートホテル!

インドに長くいると、きれいなものに過剰に感動してしまうところはありますが、

ここは外国人観光客が多いためか、完璧なレストラン、完璧な部屋、

完璧なトイレ(←重要)。

そしてホテルから少し行った場所にあるビーチと海の美しさは、心の大事なところ

がどんどん潤っていくような感じさえするものでした。

朝食を済ませ、少し休憩(寝台電車の中は大変寒く、熟睡できなかった)、

昼食後散策。海岸を少し離れると、観光客目当てのにぎやかな店や、海老や蟹の

レストランが立ち並び、ゴアならではの独特な異国情緒も味わえるそんな場所でした。

泊まったホテル


入院しました…(その2)

2011年6月22日水曜日

規則正しい入院生活の中、やはり楽しみになってくるのが食事。

インドは病院食もカレーなのか?という疑問は誰もがもつと思いますが、

でてきたのはさまざまなパンやチャパティと一緒に、スパイスははいっているかいないか

くらいのやさしいカレー(こっちでは違う名前の料理だと思いますが)。

健康な時にはきっと物足りない味付けなんだと思いますが、弱っているときには

これがとてもおいしい。果物とかもデザートにつくので、おなかいっぱいに

なるのでした。

こうして日々安静にしていくうちに、あれほどひかなかった夜の熱と、とりつかれて

いたかのような首の痛さがなくなってきました。

ですが、そろそろ退院?というころにまたぶり返したりして、一喜一憂していた

朝、先生からいきなりの「退院していいよ!」の声。

まだ体が弱っているため「ノーオイル」と言われたのに

退院当日の朝食のパンにたっぷりバターが塗ってあったのはおいといて、

入院生活は終了しました。

久しぶりに家に帰ってくると本当に体じゅうのねじがゆるむ感じがしました。

病気をすると健康の有難味に気付くとはよく言われますが、本当にその通りだと思います。

毎日元気で生活できることを大事にしないといけないとあらためて思いました。

いろいろご心配おかけしました。

ある日の病院食


入院しました…(その1)

2011年6月9日木曜日

大幅にブログ更新が遅れてしまいました。

実は、ウィルス性の風邪のため、入院していました。

インド人だと比較的早く回復する一般的な風邪だそうですが、

外国人はそのウィルスに免疫がないため、回復に時間がかかる

やっかいなものだったようで…。

夕方ぐらいから熱が出て次の日熱が下がってまた夕方ぐらい熱が出るの繰り返しで、

首から上が痛くて、リンパ腺が腫れるという状態が続いてました。

(首から上が何かに乗っ取られた様な感じでした。思い返すとぞっとします。)

一週間以上たっても一向になおらないので総務の人に病院に連れて行ってもらうと、

入院ということになってしまいました。

日本の病院との違いは色々ありましたが、

まず一つは、朝の回診などで、看護士さんが必要な薬や点滴、注射針などをリストアップ

するんですが、その紙を患者に渡し、「これらを下の薬局で買ってきなさい、

そうしたら打ってあげるから」ということ。付き添いのいない人だと、

自分で買いに行くかお手伝いスタッフ(チャイとか水とかをもってきてくれる私服のひと)に

お金を渡して買ってきてもらうらしいのですが、

病気のときにそれはしんどすぎる。

それでも本来インドの病院は病院食も出ないところが多いらしいのですが、

ここは毎日3度の食事と3時のおやつと、チャイタイムがありました。

(病気のときは早朝にチャイと軽食をとるのが健康にいいとされているらしく、

朝5時にたたき起こされるのは正直勘弁してくれ!と思いましたが…。)

5時にチャイ、6時にシーツ交換、7時に簡単な回診、8時に讃美歌を流す(キリスト教の

病院だった)9時に朝食、1時に昼食、3時におやつ、夕食は7時、10時就寝と

そんな感じの入院生活でした。

KARUNA HOSPITAL

インド 対 パキスタン

2011年4月28日木曜日

という、いかにも熱くなりそうなクリケットの試合が行われました。

ニュースによると、「インド国内50社の従業員500名を対象に行われた調査で、

約60%が試合当日に臨時休暇を申請し、30%がインド代表の試合運びがいい場合

には早退することを上司に許可してもらったと答えた。」とのこと。

インドの人口を考えると、この数字はすごすぎる。

結果は、インドの圧勝(260/9 対 231/10)で、町はもう遅くまで歓声やら、

花火やらで大盛り上がりで、会社からの帰り道は人があふれて、

リキシャも動けないほどになりました。

こんな雰囲気では、飲酒の文化のある国ならささいなことでも暴動とか

起こりそうな感じですが、インドの人たちはあまり公には飲酒をしないので、

いくぶんおだやか?ではありますが、少し冷や汗ものでした。

ムンバイのテロ以来初めての対戦となるこの試合は、準決勝で無事にインドが

決勝に駒を進めたわけですが、次の舞台はムンバイ。対スリランカ。

厳重な警備の中、インドが劇的な幕切れで(野球でいうサヨナラ満塁ホームラン)

実に28年ぶり!の優勝を手にしたのでした。

今思えば、インドがここまで勝ってたから機嫌がよかったのか、負けてたらどう

なってたのか、考えるとちょっと怖い気もします・・・

どろぼう市場に行ってきました!

2011年4月19日火曜日

「Chor Bazaar(チョール・バザール)」は、掘り出し物を見つけるならここ、

と言われる有名な市場です。ヒンズー語で、直訳すると「どろぼう市場」。

決して盗品が売られているわけでなく、ムンバイがまだイギリスの植民地だった頃、

ムンバイを訪れたヴィクトリア女王の船荷の中から大切なバイオリンがなくなり、

散々探していたら、「Shor Bazaar(ショール・バザール)の一角、

Mutton Streetで見つかったそうです。その結果、ヒンズー語で「どろぼう」を意味する

Chor(チョール)をかけて「Shor Bazaar(ショール・バザール)」は、

「Chor Bazaar(チョール・バザール)」と呼ばれることになったそうです。

名前は物騒ですが、ここは掘り出し物を探すにはもってこいの店と品数で、

埃にまみれてはいるものの、ランプ、家具、食器、

時計、タイヤ、車の部品とごちゃまぜに売ってました。

それと、マトンストリートというだけあって、ここは犬よりも羊のほうがたくさんいました。

結局迷い過ぎて収穫なしで帰ってきましたが、是非また行きたいところです。


引っ越しました(その5)

2011年4月14日木曜日

(ブログ再開します!)

前住んでいたところもそうですが、こちらの町も、

昼より夕方のほうが活気があります。

特に店が連なったところなどは、夜10時過ぎでも

家族連れなどが買い物していたりしています。

日本でいうと商店街のような感じなんでしょうが、

それでもその賑わい方は、お祭りのような感じがします。

昼間が暑いので夜から活動する人が多いのかなと思いますが、

遅くまでいろんな店が開いていると、なんとなくうれしいものです。

(最寄駅周辺、PM10:30頃)


 
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